
写真は先日、メインモールに露店で売られていたバスケット。 聞きかじった話によると、ボツワナバスケットと呼ばれるこれらのかごには、いろいろな伝統的なデザインがあって、それらには「走るダチョウ」だの「キリンの涙」だの、動物や自然に関係する名前がついているのだそうです。
で、私が買ってきたものですが、左側はどうやら「シマウマの額」というデザインを少しアレンジしたものらしいです。(シマウマの額を正面から見た図だというのだけど、私にはどこがシマウマなのか正直なところ全くわからない。) ちなみに、これがボツワナ工芸品ではおそらく最もポピュラーなデザインだと言う話です。 右側のデザインは、売っていたおばちゃんに聞いても、うーん、何だっけ?ということで、デザイン名はわからずじまいで、あまり一般的なものでは無いような様子。 でもこのような素朴なデザインが、何ともアフリカらしく気に入っています。
こういうアフリカンアートっぽいデザインのものは、私もかなり好きで暇をみては探しているのですが、あまり観光客がいないせいか、ハボロネではほとんど扱っている店が無いのが残念。 それでも帰国直前の2日間は南アに行くので、あちらで南部アフリカのあちこちから集まってきている雑貨でも探して帰ろうと思います。 ナイロビみたいに街の中におみやげ物市場があるといいのになぁとつくづく感じます。
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週末も暑かったハボロネですが、日曜の午後には短い夕立がありました。 現地の言葉では雨はPulaと言い、ボツワナの貨幣単位のプラと全く同じ言葉です。 乾いたアフリカの大地にとって、雨はまさに天からの恵み。 この単語をお金の単位に使うとは、どれほど雨が貴重なものかを物語っているような気がします。
先月、山に登ったときにハボロネの水源であるダムの様子も一望できたのですが、そのときももうすぐ雨季の終わりだと言うのに、ダムの貯水率は半分もないのではないかと思われる状態。 4月から11月の乾季に、これからどうやって限られた水資源を使っていくのか・・・。 昨年も乾季の終わり頃には渇水で大変だったと言う話ですが、今年も同じように取水制限などしながら恵みのプラを待たなければいけないようです。 普段のハボロネ生活の中では何かとやっかいな雨ですが、残り少ない雨季のこの時期にしっかり雨が降ってくれればいいのにな、とにわか滞在者の私まで思ってしまいます。
先月、山に登ったときにハボロネの水源であるダムの様子も一望できたのですが、そのときももうすぐ雨季の終わりだと言うのに、ダムの貯水率は半分もないのではないかと思われる状態。 4月から11月の乾季に、これからどうやって限られた水資源を使っていくのか・・・。 昨年も乾季の終わり頃には渇水で大変だったと言う話ですが、今年も同じように取水制限などしながら恵みのプラを待たなければいけないようです。 普段のハボロネ生活の中では何かとやっかいな雨ですが、残り少ない雨季のこの時期にしっかり雨が降ってくれればいいのにな、とにわか滞在者の私まで思ってしまいます。
今日は朝からこちらの公立専門学校のようなところで、職員の方を対象にしたエイズ関連のお話をしてきました。 さすがにHIV/エイズが国家危機的問題とされているボツワナなので、学校のあちこちにエイズ予防のポスターは貼られているし、いろいろなところに無料配布コンドームの箱が置いてあります。 職員もほとんどの人が感染ルートも予防法も知っている状態。 だけど成人人口の25%以上が感染している状況でありながらも、なかなか新規感染を減らすことができていません。
そもそも、なぜこんなにHIVが流行してしまうのか、ということを小グループでディスカッションしてもらったのですが、結局は文化が悪いというところに行き着いてしまいました。 昔からツワナ族(国民の大半を占める)では、結婚というシステムがあまり機能しておらず、財力・権力がある男性ほど「小さい家」と呼ばれる妾宅を持つことが普通とされていて、一夫一婦制が今も根付いていないという話。 それでも女性たるもの子どもを産むべき、という思想は強いので、HIV流行のことは知っていても、予防しないことを容認する女性たちが多いのも事実のようです。 婚外子が差別されることも全くないことからか、最近では出産する女性のたった2割しか婚姻関係にないとのことですが、妊娠がわかった途端に男性が逃げるということもよくあることだとか・・・。
HIV/エイズの流行を文化のせいにしてしまうのはとても簡単なことですが、文化的に流行の素地があることを前提にして、いろいろな予防対策を行うことは必然です。 ボツワナでも政府やNGO、村レベルの組織に至るまで、本当にたくさんの人たちがHIV/エイズ対策に関連した、それこそ文字通りにありとあらゆる活動を行っているものの、20年経った今でさえ結果が出ていない状況。 しかも抗エイズウィルス薬の全国無料配布が始まってからは、HIVに感染しても死なないというイメージが一気に広がり(それはそれで差別の削減にとっては良いことなのですが)個人レベルでの危機感は再び薄れる傾向にあるように感じます。
世界で2番目にひどい感染率のこの国でも、根強い文化的要因を取り除けずにいる現実を目の当たりにして、正直なところこれからもエイズとの闘いは簡単にならないのだろうなぁと思います。 でもだからと言って白旗を揚げる選択肢は無い。 そんなことを感じながら仕事をしています。
そもそも、なぜこんなにHIVが流行してしまうのか、ということを小グループでディスカッションしてもらったのですが、結局は文化が悪いというところに行き着いてしまいました。 昔からツワナ族(国民の大半を占める)では、結婚というシステムがあまり機能しておらず、財力・権力がある男性ほど「小さい家」と呼ばれる妾宅を持つことが普通とされていて、一夫一婦制が今も根付いていないという話。 それでも女性たるもの子どもを産むべき、という思想は強いので、HIV流行のことは知っていても、予防しないことを容認する女性たちが多いのも事実のようです。 婚外子が差別されることも全くないことからか、最近では出産する女性のたった2割しか婚姻関係にないとのことですが、妊娠がわかった途端に男性が逃げるということもよくあることだとか・・・。
HIV/エイズの流行を文化のせいにしてしまうのはとても簡単なことですが、文化的に流行の素地があることを前提にして、いろいろな予防対策を行うことは必然です。 ボツワナでも政府やNGO、村レベルの組織に至るまで、本当にたくさんの人たちがHIV/エイズ対策に関連した、それこそ文字通りにありとあらゆる活動を行っているものの、20年経った今でさえ結果が出ていない状況。 しかも抗エイズウィルス薬の全国無料配布が始まってからは、HIVに感染しても死なないというイメージが一気に広がり(それはそれで差別の削減にとっては良いことなのですが)個人レベルでの危機感は再び薄れる傾向にあるように感じます。
世界で2番目にひどい感染率のこの国でも、根強い文化的要因を取り除けずにいる現実を目の当たりにして、正直なところこれからもエイズとの闘いは簡単にならないのだろうなぁと思います。 でもだからと言って白旗を揚げる選択肢は無い。 そんなことを感じながら仕事をしています。

昨日は日帰り出張で、ボツワナ随一のダイヤモンド鉱山のある街、Jwanengに行ってきました。 首都から車で1時間半ぐらい、信号なんてほとんどない田舎道(道はきれいに舗装されているけど、路肩で放し飼いの牛だのヤギだのロバだのが草を食んでいるのんびり風景)を走ると、あっと言う間にJwanengに着きます。
ダイヤの街Jwanengは、デビアスとボツワナ政府の共同出資による半官半民の会社、Debtswanaの企業城下町と言った様子で、公共サービスなどもこのDebtswanaからの寄付のおかげで、他の地方行政区よりもはるかに恵まれた環境にあるそうです。 そのせいか住民の人と話をすると、どこかで必ずMine(鉱山)という言葉が出てきます。 ダイヤ産業と共生する街と言えば聞こえは良いのですが、少し「ダイヤに寄生する街」というイメージも捨てきれず、なんだか空しい気にもなってしまいました。
それにしても、地方へ出かけてみると、首都では見られなかったものやわからなかったことがたくさん見えてくるような気がします。 やはり「情報は現場にある」なのかもしれません。
(写真:Jwanengに至る国道沿いの風景。 ひたすらこういう野っぱらの脇を走っていきます。 こんなあたりで、昨日は1日で今までの人生で見た数を上回るほど無数のヤギをみました。)
本日はバレンタインデー。 とは言っても、ボツワナでは特に盛り上がる日というわけでもなさそうです。 モール(商店街)にはカード売り場ができていたり、「バレンタインにはプレゼントを!」(もちろん男性→女性です)というようなポスターが貼ってあったりしますが、日本のようにチョコ売り場に女性が長蛇の列を作っていたり、タイのように市場からバラの花が消えたりというような、異様な盛り上がりのある日ではない様子。 女性の同僚たちも特におしゃれをして来ている風でもないし、淡々と一日が過ぎるのかもしれません。
ということで、私の「チョコには無縁」バレンタインの連続記録がまた更新されました。(笑) 海外生活が長くなるにつれ、日本のあのチョコレート売り場の殺気が異常に思えて仕方ありません。
ということで、私の「チョコには無縁」バレンタインの連続記録がまた更新されました。(笑) 海外生活が長くなるにつれ、日本のあのチョコレート売り場の殺気が異常に思えて仕方ありません。

